プロトレイルランナー 小川壮太さんインタビュー

HUMAN

2018.11.19
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小川壮太さん

プロのトレイルランナーとして活躍している小川壮太さん。小学校教員から一転、プロに転向された経歴の持ち主です。トレイルランニングを始めたきっかけやその魅力、実現していきたいことなどについてうかがいました。

プロトレイルランナー
小川壮太さん

 

―― プロになる前は、小学校の教員をされていたとうかがいました。
きっかけはどのようなことだったのでしょうか。

学生時代から、陸上競技の長距離をやっていました。小学校の教員になってからも、ロードレースや都道府県対抗の駅伝に出場したりと、準競技者として続けていました。
ただ、20代も半ばに差し掛かったころ、仕事をしながらなので、思うように練習時間が取れず、速かった頃の自分を超えることはできないことに限界を感じていました。
そんな時、知人から「山岳縦走競技で縦走をやってみないか」と誘われました。競技の内容は、3人一組で、2人がクライミング、1人が縦走するというもの。縦走者は、17kgの重りを背負って走るんです。
周りは山ばかりの土地で育ったので、登山には幼い頃から慣れ親しんでいましたし、趣味でクライミングもしていました。長距離のトレーニングとして山の中を走ることはありましたが、いざ競技としてやってみると、見慣れていたはずの山が非常に新鮮に映りました。

―― 特に印象に残っていることはどのようなことですか。

小川壮太さん

当時は、本当に心が疲れ切っていたというか、走ることはもういいかと思っていたのですが、走るほどに、その枯れかけた競技心をもう一度取り戻してくれるような感覚でした。見える景色がどんどん変わっていきますし、標高やコースによって植生が変化したり、動物に遭遇することもある。気持ちが癒されていくのを実感しました。

―― 公務員を辞めてプロに転向する際に、葛藤はなかったのでしょうか。

もちろんありました。小学校の教員は、天職だと思っていましたから。
トレイルランニングの選手の年齢的なボリュームゾーンは、40代半ばから50代後半。もしプロになるのであれば、いまこのチャンスを逃したらこの先にはないだろうと思いました。また、トレイルランニングは、当時海外から日本に入ってきたばかりの競技だったので、正しい知識で教える人がほとんどいなかったのです。私には教員としての指導のノウハウや、安全に登山をする知識と技術もあったので、トレイルランニングの指導者としてやっていくことを見据えてやっていけば、競技に専念した生活が送れるのではないかと考えたのです。家族や周囲の理解と協力で、踏み切ることができました。

―― 小川さんが感じるトレイルランニングの魅力や
醍醐味はどのようなことですか。

「非現実感を味わえること」です。都会に暮らしていると、完全に1人きりの時間というのはほとんど持てないですよね。普段は見られない景色の中で走ることは、何事にも介入されずに自分と向き合える特別な時間です。
それから、四季の移り変わりを感じられるのも魅力の一つです。同じコースでも、季節や天候によって異なる表情を見せてくれます。自分のスキルが上がってくれば、新たなルートを開拓する楽しみもありますよ。

小川壮太さん

一人で行くのもいいですが、仲間と行って共有するのもまた違った楽しみがあります。ロードランニングでは「競う」ことに主眼を置いて、時間や完走することにかけているので、仲間と何かを共有することはほとんどないと思います。トレイルランニングは、そうした「競争」という縛りから解放された気持ちで走ることができます。山の中なので、助け合ったり、声を掛け合うことも多い。ランニングよりも、仲間とのコミュニケーションの機会は多いと思います。

―― 走っている間は、どのようなことを考えるのですか。

標高が高くなるほど、レースは苦しくなります。そんなときは、「リタイアしたい」と思う自分と戦わなければなりません。つい先日(2018年9月1日)出場したUTMB(ウルトラトレイル・デュ・モンブラン。フランスで開催される、トレイルランニングの大会)のうち、TDSというレースに出場したときも、全身けいれんして低体温症になり、レース中にドクターストップもかかったのですが、なんとかゴールしました。
苦しい局面になったときは、いろいろな誘惑のささやきが聞こえてきます。トレイルランニングは、自分の弱さと向き合い続けなければなりません。だからこそ、それに打ち勝ってゴールしたときは、他に代えられない気持ちよさがあります。

―― これから初めてトレイルランニングをする方は、
まずどのようなことから取り組んだらいいでしょうか。

小川壮太さん

既にランニングを趣味でやっているという方でしたら、手ごろなトレイルランニングのレースを見つけて、出場するのも手だと思います。ある程度体力がある方なら、10㎞くらいのレースであれば歩いてでも完走できるでしょう。斜面が緩やかなところをジョギングするだけでもいい。レースを活用して慣れていくというのもおすすめですよ。
あとは、スポーツショップなどの主催でトレイルランニングの講習会を開催していることもあるので、参加してみてはいかがでしょうか。ギアの相談をしたり、道具をレンタルしてくれるところもあります。ギアは軽量なほど値段も高くなるので、体に合うかどうかを実際に着用して走って見てから検討するにも、こうした場を利用してみるのはいいかもしれません。仲間ができることにもつながりますよ。

―― トレイルランニングを始めるとなると、
道具をそろえるのが大変そうでちゅうちょしてしまう方も多いのでは。

最初から全部そろえる思う必要はないと思います。というのも、歩いてでも完走できるのであれば、いま持っているもので走ってみたらいいのです。商品もどんどん改良が進んで、良いものは軽くて薄い、けれど機能性はしっかりと備わっています。少しずつトレイルランニング用の道具に入れ替えていく、くらいの気持ちで、身構えずに、可能な範囲で始めるのが第一歩だと思います。

―― 初めて走るという方は、どんな時間配分で始めたらいいでしょうか。

ガイドブックなどに載っている登山のコースタイムは、60〜65歳の方が普通のスピードで歩く時の目安です。まずはそのコースタイム内でゴールするのを目標にしましょう。時間を測ってみて、コースタイムに対して自分は何%で歩けたのかをチェックします。3時間のコースで2時間45分だったのなら、だいたい90%くらいに短縮できていることになります。その次はスピーディーに歩いてみるとか、平坦なところは走ってみるとかして、80%に短縮、つまり2時間半くらいでゴールする、というように、徐々に短くしていきます。コースタイムの半分の時間で走れるようになれば、レースにも出られると思います。やっていくうちに、必要な道具とその機能性も明確になってくるのではないでしょうか。

―― トレイルランニングを始めるのに、
特におすすめなのはどのような方でしょうか。

小川壮太さん

ランニングにつかれてしまった人には、ぜひやってみてほしいです。高橋尚子さんや公務員ランナーの川内優輝さんも、トレーニングとしてトレイルランニングを取り入れているそうです。アスファルトで街並みを見る楽しみもあると思いますが、山では景色がリフレッシュになります。ロードで3時間はキツくても、山での3時間はあっという間です。特に夏は、貧血や脱水にもなりにくく、涼しいので快適です。山まで行くのに移動時間はかかってしまいますが、そこに行くだけの価値は十二分にあると思います。効率的にトレーニングができますよ。

―― 最後に、トレイルランニングを通じて
実現していきたいことを教えてください。

プロに転向するときに決めたのですが、「より楽しく安全に」を啓蒙していきたいと思っています。楽しくというのは、競技者として、自分の弱さと向き合わなければならない苦しい局面があるわけですが、そんな中でも楽しさを見出していくということです。
安全にというのは、プロに転向したときに、友達が立て続けに山の事故で亡くなってしまったのがきっかけです。当時は、山で、こういう場面ではどのような判断をすべきかや、ルールやマナーを発信できる人が少なかったんです。だから私が率先してそれを伝えていきたいと思っています。
特に、トレイルランニングは、日本ではまだ比較的新しいスポーツです。山の事故にはメディアも敏感。トレイルランニングが存続していくためにも、情報発信をしていきたいと考えています。

小川壮太さんおすすめ!
関東近郊初心者向けトレランエリア

南高尾…高尾山頂目指す登山者でにぎわう高尾山とは対照的に、登山者も比較的少なく歩きやすい。
高水三山(奥多摩)…登山道が広くて走りやすい。奥多摩エリアでも手軽なルート。
塔ノ岳(丹沢)…トレイルランナーも多い。山頂からは富士山や相模湾を見渡せる。

プロトレイルランナー
小川壮太さん

1977年8月14日生まれ、山梨県甲州市出身。世界ランキング4位(ウルトラ/2017年7月時点)。2011年に小学校の教員からトレイルランナーに転向。現在は協議のかたわら、マラソンやトレイルランニングに関わらず、走力向上のためのトレーニングプログラムを実施するTeam SOTAを運営。「より楽しく安全に」をモットーに、山で楽しく安全に過ごす知識や技術、マナーやルールについても発信している。

小川壮太さんオフィシャルサイト
http://sotaogawa.spo-sta.com/

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